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東京地方裁判所 平成5年(ワ)3296号 判決

原告

桑島あさ子

右訴訟代理人弁護士

飯田幸光

被告

原勝洋

右訴訟代理人弁護士

神田洋司

山下秀策

棚谷康之

被告

株式会社アンフィニ関東

右代表者代表取締役

飯田三郎

右訴訟代理人弁護士

大木一幸

主文

一  被告原勝洋は、原告に対し、金九九八〇万九七三五円及びこれに対する平成元年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告原勝洋に対するその余の請求及び被告株式会社アンフィニ関東に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の、その余を被告原勝洋の負担とする。

四  この判決は、第一、三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは連帯して、原告に対し、金二億五七三九万五九八〇円及びこれに対する平成元年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び証拠によって容易に認定しうる事実

1  本件事故の発生(甲一ないし三、甲一二、乙一及び弁論の全趣旨)

(一) 日時 平成元年一一月八日午後九時三五分ころ

(二) 場所 東京都新宿区歌舞伎町二丁目二八番一五号先路上

(三) 態様 右場所において、飲食店に勤める原告が、客の見送りをしていた際、飲酒した上普通乗用自動車(登録番号「山形五七つ四〇二一」、以下「被告車」という。)を運転していた被告原勝洋(以下「被告原」という。)がアクセルペダルとブレーキペダルを踏み間違え、被告車を原告に衝突させた。

その結果、原告は、両側肋骨骨折、肺挫傷、脊髄損傷、外傷性血気胸、第七・八胸椎骨折、左前腕部切創、左手掌部挫滅創、前顔部挫創等の傷害を負い、両下肢機能全廃の後遺障害が残り、自賠責保険において後遺障害等級一級の認定を受けた。

2  責任原因(甲一二及び弁論の全趣旨)

被告原は、アクセルペダルとブレーキペダルを踏み間違えた過失により本件事故を惹き起こしたから民法七〇九条に基づき、また、被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していたから自賠法三条に基づき原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害の填補

原告は、治療費を除き、自賠責保険から二五〇〇万円、被告原から五四五万円の合計三〇四五万円を受領した(弁論の全趣旨)。

二  争点

1  被告株式会社アンフィニ関東(以下「被告会社」という。)の責任

(一) 原告の主張

被告会社は、本件事故当時、被告原を従業員として使用し、本件事故は、被告原がその業務執行につき発生させたものであるから、民法七一五条に基づき原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告会社の主張

本件事故は、被告会社での当日の通常業務終了後に発生したもので、被告原の被告車の運転は、被告会社の業務とは全く関連のない個人的行為に過ぎないから、被告会社には責任はない。

2  損害

原告は、本件事故に基づく損害として、①未払治療費等、②入院付添費、③近親者の入院付添交通費、④親族の見舞いのための交通費、⑤入院雑費、⑥通院交通費、⑦将来の通院交通費、⑧将来の近親者の通院付添費、⑨近親者による介護料、⑩家屋改造費等、⑪将来の車椅子等購入費、⑫将来のその他医療器品費等、⑬車両購入費、⑭休業損害、⑮原告の長男の休業損害、⑯逸失利益、⑰原告の長男の逸失利益、⑱慰謝料、⑲弁護士費用を主張し、被告らはその額及び相当性を争う。

第三  争点に対する判断

一 被告会社の責任

甲二一ないし甲二六及び証人安藤昭の証言によれば、被告会社は、本件事故当日である平成元年一一月八日午後六時半ころから宴会を主催し、右宴会は、午後八時半ころ解散となったこと、その後は、被告会社が二次会を催すこともなく、帰宅する者など様々であったこと、被告会社の従業員であった被告原は、右宴会に出席して飲酒し、解散後、直ちに帰宅せず、被告車を運転して、被告会社の同僚とカラオケスナックに向かう途中、本件事故を惹き起こしたこと、被告原の自宅は、勤務先に近く、通勤に被告車を利用する必要はなかったこと、本件事故当日、被告会社は、右宴会の出席者に対し、会場に車両を運転してこないよう注意を促したことなどが認められる。

右の事実によれば、被告会社が主催した宴会の解散後の被告原の運転行為は、もはや業務執行ないしはこれに付随する行為ということはできないから、被告会社には責任がない。

二  損害

1  未払治療費等

一二万一七四五円

(請求二〇万五九八六円)

甲三一及び弁論の全趣旨によれば、原告は、未払治療費を含め二〇万五九八六円を支出したことが認められるが、このうち、別途入院雑費に含まれるもの及び本件事故とは相当因果関係を認めることができないものを除いた(なお、医師等への謝礼も本件事故との相当因果関係を認めることはできない。)、東京女子医大から国立療養所村山病院への転院費用五万三〇五〇円、胸椎用硬性コルセット代五万七一六〇円、リハビリ用品費用七〇〇四円、治療費四五三一円の合計一二万一七四五円が損害と認められる。

2  入院付添費

三一四万〇〇〇〇円

(請求 同額)

甲七の一ないし二〇によれば、原告は、本件事故により平成元年一一月八日から平成三年七月二九日までの六二八日間入院治療を余儀なくされたことが認められ、前記の原告の受傷の程度等に照らせば、右入院中近親者による付添看護が必要であったというべきであり、右付添費として一日あたり五〇〇〇円が相当であるから、右のとおり認められる。

3  近親者の付添交通費 認められない

(請求 七七万五七二一円)

近親者の付添交通費は、前記2の入院付添費に含まれ、別途算定しない。

4  親族の見舞いのための交通費認められない

(請求 六四万九七七〇円)

親族の見舞いのための交通費は、原告の損害ということができないから、認めることはできない。

5  入院雑費 七五万三六〇〇円

(請求 七五万四八〇〇円)

前記のとおり、原告は、本件事故により六二八日間入院し、入院雑費として一日あたり一二〇〇円が相当であるから、右のとおり認められる。

6  通院交通費 六万〇〇〇〇円

(請求 一〇万円)

甲二七ないし甲二九及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により生じた傷害の治療のため二〇回の通院を余儀なくされ、必ずしも明確でないものの、一回あたり少なくとも三〇〇〇円の通院交通費を要したものと推認できるので、右のとおり認められる。

7  将来の通院交通費

一二五万四四七〇円

(請求二六七万五一六〇円)

甲四、甲三五及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和二四年三月一三日生まれの女性で本件事故当時四〇歳、本件事故の受傷による症状が固定したのは平成二年六月二日、原告が四一歳のときであること、原告は、症状固定日以後も生涯にわたり治療のために月二回の通院が必要であることなどが認められる。また、裁判所に顕著な平成二年生命簡易表によれば、四一歳女性の平均余命は41.94歳であることが認められ、原告は、症状固定日から四二年間通院を要するものと推認できるところ、前記のとおり通院に要する交通費は一回あたり三〇〇〇円であるから、中間利息をライプニッツ方式(四一年間に相当するライプニッツ係数は、17.294である。)により控除して本件事故時における通院交通費の現価を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

3,000×24×17.4232=1,254,470

8  将来の近親者の通院付添費認められない

(請求 一〇七万〇〇六四円)

将来の近親者の通院付添費は、近親者の介護料に含まれ(後記9認定)、別途算定しない。

9  近親者による介護料

三一七九万七三四〇円

(請求 四〇六八万四七二五円)

原告は、本件事故により前記のとおりの後遺障害が残り、甲四、甲五、甲五二及び原告本人尋問の結果によれば、立ち上がることも歩行も一切できず、常時車椅子の使用を余儀なくされ、自力での排尿・排便もできない状況であり、日常生活において近親者による介護が常時必要な状態であることが認められ、その費用は、一日あたり五〇〇〇円が相当であり、前記のとおり右状態は症状固定日から四二年間継続するものと推認できるから、中間利息をライプニッツ方式により控除して本件事故時における近親者による介護料の現価を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

5,000×365×17.4232=31,797,340

10  家屋改造費等

五一七万五二一一円

(請求 七一九万九三八九円)

甲八、甲九によれば、前記の後遺障害が残った原告が自宅で生活するために台所、浴室、トイレ等家屋の改造が必要となったこと及びその他電動ベッド等の補助器具が必要となったこと、そのための費用として二一五万円を要したことが認められる。

また、甲四四の一ないし五及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、前記の後遺障害が残ったため、従前居住していた家屋に居住することができなくなり、住居を移転したため、一か月あたりの家賃が従前に比較して五万八二三〇円増加したことが認められ、右家賃の差額につき本件事故と相当因果関係を有する損害としては五年分が相当であるから、中間利息をライプニッツ方式(五年に相当するライプニッツ係数は、4.3294である。)により控除して本件事故時の家賃の差額の現価を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

58,230×12×4.3294=3,025,211

なお、原告の主張する右住居が賃貸家屋であるために将来家屋を明け渡す際に必要となる原状回復費用については、近く明渡しを予定していることを認めるに足りる証拠がなく、甲四〇、甲四一によっても将来明け渡す際の原状回復費用は不明であるといわざるをないことなどから認めることはできない。

11 車椅子等購入費

一二〇万二五六一円

(請求 一〇〇一万円)

前記のとおり、原告は終生車椅子の使用を余儀なくされ、甲五一及び原告本人尋問の結果よれば、車椅子の購入費は一一万円、その耐用年数は四年であることが認められるから、四二年間に一〇回買換えるものと推認でき、中間利息をライプニッツ方式により控除して本件事故時の車椅子の購入費の現価を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

110,000×(0.8227+0.6768+0.5568+0.4581+0.3769+0.3101+0.2551+0.2099+0.1727+0.1420)=437,921

甲八、甲三九及び原告本人尋問の結果によれば、原告が自宅で生活するためには、電動ベッドが必要であり、右の購入費は二七万円、その耐用年数はせいぜい八年であることが認められるから、四二年間に五回買換えるものと推認でき、中間利息をライプニッツ方式により控除して本件事故時の電動ベッド購入費の現価を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

270,000×(0.6768+0.4581+0.3101+0.2099+0.1420)=485,163

甲八、甲三九及び原告本人尋問の結果によれば、前記電動ベッドに付随するものとしてロホ・クッション(床ずれ防止用マット)、その他の器具(ベッド用のマット等)が必要で、これらに要する費用は一組あたり少なくとも九万円を下らず、その耐用年数はせいぜい五年であることが認められるから、四二年間に八回買換えるものと推認でき、中間利息をライプニッツ方式により控除して本件事故時の右費用の現価を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

90,000×(0.7835+0.6139+0.4810+0.3769+0.2953+0.2314+0.1813+0.1420)=279,477

12  その他医療品費等

六七六万三六八五円

(請求 一三三四万二六七九円)

甲三六及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、前記車椅子等の購入のために村山同友会に加入せざるをえず、そのための費用として毎年三〇〇〇円を要することが認められ、右費用は四二年間支出するものと推認できるから、中間利息をライプニッツ方式により控除して本件事故時の右費用の現価を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

3,000×17.4232=52,269

甲三三及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、前記後遺障害のため、終生紙おむつ等の医療品を欠くことができず、その費用として毎月三万二一〇〇円を要することが認められ、右費用は四二年間支出するものと推認できるから、中間利息をライプニッツ方式により控除して本件事故時の右費用の現価を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

32,100×12×17.4232=6,711,416

13  車両購入費

一〇〇万〇〇〇〇円

(請求 二六〇万円)

原告は、その通院のために新たに車両が必要となり、右車両の購入費用として二六〇万円を要した旨主張し、弁論の全趣旨によれば、このとおり認められるが、通院以外にも右車両の使用が可能であること等も考慮して、右金額のうち、被告原に負担させるべきものとして、右額が相当である。

14  休業損害一七三万六五三一円

(請求 五六八万二五二三円)

前記のとおり、原告は、本件事故による受傷のため、平成元年一一月八日から平成二年六月二日(症状固定日)までの二〇七日間休業を余儀なくされ(入院中であった)、原告の本件事故当時の収入については、原告提出の各証拠によっても必ずしも明確ではないが(原告本人尋問の結果よれば、原告がスナックのホステスとして稼働していたことは認められる。)、少なくとも賃金センサス平成二年第一巻第一表・産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者四〇歳から四四歳の平均年収額である三〇六万二〇〇〇円の収入があったものと推認できるから、休業損害を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

3,062,000÷365×207=1,736,531

15  原告の長男の休業損害 認められない

(請求 八二八万円)

原告は、原告の長男が原告の入院に付き添ったため、原告の長男も休業を余儀なくされた旨主張するが、右は、入院付添費に含まれ、これを超えるものは本件事故との因果関係を認めることはできず、別途算定しない。

16  逸失利益

四〇二五万四五九二円

(請求 五三九五万五九六三円)

前記のとおり、原告は本件事故当時、四〇歳の健康な女性であり、スナックのホステスとして稼働していたところ、本件事故による受傷のため、両下肢完全麻痺、第七胸髄以下の知覚完全脱失の後遺障害が残り、右症状は平成二年六月二日、原告が四一歳当時固定した。右によれば、原告は、本件事故により一〇〇パーセントその労働能力を喪失したものというべきであり、前記のとおり原告の本件事故当時の収入は必ずしも明らかではないが、本件事故に遭わなければ、六七歳までの二六年間、少なくとも賃金センサス平成二年第一巻第一表・産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者・全年齢平均の年収額である二八〇万〇三〇〇円の収入を得ることができたものと推認することができるから、中間利息をライプニッツ方式(二六年に相当するライプニッツ係数は、14.3751である。)により控除して本件事故時における逸失利益の現価を算定すると、次のとおりなる(円未満切捨て)。

2,800,300×14.3751=40,254,592

17  原告の長男の逸失利益 認められない

(請求 七八六一万九二〇〇円)

原告は、原告の長男が原告の介護のために従前の仕事を辞めざるをえなくなったとして、原告の長男の逸失利益を主張するが、右は、介護料に含まれ、これを超えるものは本件事故との因果関係を認めることができないので、別途算定しない。

18  慰謝料二八〇〇万〇〇〇〇円

(請求 傷害分五〇〇万円、後遺障害分三〇〇〇万円)

本件事故に遭った際に原告が被った恐怖、苦痛、本件事故により原告は重傷を負い、六二八日間に及ぶ長期の入院治療を余儀なくされたこと、本件事故は飲酒の上惹き起こされたものであるなどの本件事故態様の悪質さその他一切の事情を考慮すれば、傷害慰謝料として四〇〇万円が相当である。

本件事故による受傷のため原告は、両下肢完全麻痺、第七胸髄以下の知覚完全脱失の後遺障害が残ったため、終生就労が不可能となり、日常生活においては介護が不可欠であるなど死にも等しい苦痛を強いられることとなったことなどの諸般の事情を総合的に考慮すれば、後遺障害慰謝料として二四〇〇万円が相当である。

19  合計

一億二一二五万九七三五円

20  損害の填補

前記19記載の額から前記損害の填補分三〇四五万円を控除すると、その残額は、九〇八〇万九七三五円となる。

三  弁護士費用

本件訴訟の経緯に鑑み、弁護士費用として九〇〇万円が相当である。

四  合計 九九八〇万九七三五円

五  以上の次第で、本訴請求は、被告原に対し、右四記載の金額及びこれらに対する不法行為の日である平成元年一一月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、被告原に対するその余の請求及び被告会社に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官松井千鶴子)

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